バロン(barong)



バロン  バリ芸能の代表的なものの一つとして、バロン(Barong)・ダンスがある。
 ところが、バロンと聞いて「一体何のことだ」と思う人もいるだろう。バリのことをまったく知らなかった筆者は、はじめて聞いた時、失礼ながら飼っていたダックスフンドの名前を思い浮かべてしまった。愛犬バロンは、イギリスの男爵の称号から命名したものだ。 ということは、イギリス人は、バロン(Baron)と聞いて、即、男爵を思う浮かべることだろう。さしずめ、男爵が踊るとでも想像するのだろうか。そんなことはないと思うが、言語が変われば同じ発音でまったく違った意味になるのは、面白い。
 バリのバロン・ダンスは、日本の獅子舞のように人間が中に入って踊る。

 バロンは、バリ人にとって宗教的かつ神聖なもの。人間の叡智をもってしても解決できない問題が起こった時、彼らはバロンをよりどころとする。バロンは神と同一視され、ご神体(ススォナン)として扱われている。ご神体(ススォナン)のバロンは「ラトゥ・サクティ=Ratu Sakti」「ラトゥ・グデ=Ratu Gede」とバリ人は呼ぶ。
 ほとんどのバロンは、動物の面(木彫り)に胴体がついたもので、魔術的な力が宿っていると信じられている。中には、ススォナンとしてではなく、ツーリスト向けの公演でのみ使われる面もある。これらの面も、毎日の供物は欠かさない。
 ススォナンとなったバロンは、普段はダラム寺院の祠に保管されていて、オダラン(寺院祭礼)の時に祠の扉が開かれ、祠の前に村人の平和を見守るかのように安置される。そして、奉納の舞いや祖霊を迎えるガルンガンの祭りで辻々を巡って除霊する時にも、祠から出されるのだ。バロンが祠から降ろされたら、そばにいる人々はすみやかにその場に坐るなどして、低い姿勢にならなければならない。人間はバロンより高い位置にいてはいけないのだ。
 奉納舞踊やこうした儀式でのバロンの踊りは、バロン・ダンスとは言わず、バパン(bapang)・バロンと呼ばれている。そして踊り手は、ジュル(juru)・バパンと呼ばれる。

 バロンの起源は仏教の伝来と密接な関係があり、中国や日本の獅子舞にも影響していると思われる。
 いつの時代に、バリに登場したかは明らかではないようだ。
 ひとつの説は、エルランガ王国が栄えていた紀元10世紀頃だと言われている。
 その頃、ムプ・バラタという伝道師がチベット〜インド北部からタントリ仏教バイラワ派の教えをバリにもたらし、それとともに現在のバロンとランダの原型が伝えられたという。
 ひとつには、ワトゥレンゴン王(Dalem Waturenggon)の時代に登場したという説。16世紀のバリは、ゲルゲル王朝が最盛期を迎えバリ文化が成熟した時代であった。王の側近、偉大なる祭司ニラルタによって、ジャワ・ヒンドゥーの影響を受けたバロンが厄払いのためにバリに持ち込まれた。

 ススォナンになるバロンの面は、神霊がやどっているとされるポレーの大樹やジュプンの老木が選ばれる。木を切る前には厳粛な儀式がおこなわれ、彫刻家は神聖な寺院の中で彫刻作業をする。
 作業前には、必ずマンディで身を清め、神にお祈りを捧げる。浄化された身体になってはじめて彫刻に取り組む。彩色には、天然の顔料を使い、何度も何度も塗り重ねていく。
 面に神様を迎えてススォナンとする儀式のことをupacara pangekehanというそうだ。入魂されたあと、ダラム寺院に保管される。これらの一連の作業は、すべてバリ・カレンダー(ウク歴サカ歴)に基づいて良い日が選ばれる。

 ※バリで発展したバロンの種類には、次のようなものがあげられる。
 バロン・ケケッ(Barong KetKet、Barong Ket、Barong Rentet、Barong Ketetとも呼ばれる。獅子、虎、牛などの魔力を持つ動物が混じった形を表した森の王者)
 バロン・マチャン(Barong macan・虎。神秘的な動物)
バロン・マチャン
 バロン・バンカル(Barong Bangkal・年老いた猪。魔力を持つ神秘的な動物)
 バロン・ガジャ(Barong gajah・象。聖なる伝説上の動物)
 バロン・ルンブー(Barong Lembu・雄牛)
 バロン・シンガ(Barong Singa・ライオン)
 バロン・ムンジャガン(Barong Munjangan・鹿)
 バロン・カンビン(Barong Kambing・羊)
 バロン・アス(Barong Asu・犬)

 以上のようにさまざまな種類があり、胴体の部分に2人の演者が入って獅子舞いのように舞う。

 ユニークなところでは、ひとりで踊るバロン・ケケッがある。これはバロン・ブントゥッと呼ばれ、もちろん、お尻が踊るわけでなく、顔のついている上半身の前部分だけで踊る。横から見ると、尻切れトンボのふしぎな生き物でも見ているようだ。
 大きな人間をかたどったバロン・ランドゥン(Barong Landung)とトルニャン村にしかないバロン・ブルトゥッ(Barong Burutuk)もユニークだ。これらも演者がひとりだ。
 ツーリストが芸能として鑑賞できるバロン・ダンスは、ほとんどバロン・ケケッだ。それ以外は、オダランや儀礼でしか見られない。機会があればオダランや儀礼に参加してみてください。運が良ければ、ほかのバロンが見られるかもしれませんよ。

●バロン・ケケッ(Barong Ketket)
バロン・ケケッ
 バロン・ケケッは空想上の聖獣とされているが、伝説によると、聖者ムプ・パラダの化身とも、森の王者「バナスパティ・ラジャ」とも言われている。
 この聖獣バロンは、善、聖、清、太陽、病を治すものの象徴であり、悪、魔、穢れ、暗闇、死を象徴する魔女ランダに対抗する魔力を持っていると信じられている。
 頭(面)は木製で、日本の獅子頭に似ている。やはり獅子頭と同じように大きな口が動く(動物のバロンは、どれも下顎が動くようになっている)。
 まん丸い大きな目玉は驚いたように飛び出し、立派な獅子鼻とむき出しの歯、牙が左右の上下にある。
 頭(面)のまわりと頭部、背中から尻尾にかけては、金色に着色された水牛の皮で装飾されている。装飾には、小さくカットされた鏡が埋め込まれてありバロンが動くたびにキラキラと輝く。照明に反射して、稲妻のような一条の光を美しく放つこともある。その眼もくらむような閃光は、神々しくさえある。
 長い顎ヒゲには人間の黒髪が使われ、もっとも神聖な部分だと言われている。ヒゲには可憐な白いジュプンの花が結えられる。
 体毛は白くふさふさとして長い。プラソッというヤシ科の植物の葉の繊維が用いられている。しらさぎ(Kokokan)の白い羽根やカラス(Goak)の黒い羽根が使われることもある。
 バロン・ケケッは特別豪華な姿だが、ほかのバロンは、日本の獅子舞(獅子頭に唐草模様の布がついただけ)と同じように胴体は布で作られたいたって質素なものだ。
 頭部にひとり、後部にひとりの演者(ジュル・バパン)が入り、ガムランの演奏に合わせて踊る。バパンのための演奏曲は、タブ・ブバロンガン(Tabuh Bubarongan)と呼ばれ「チョンドン=Condong」や「プライオン」をはじめ、バリス、トペンなど数種に及ぶ。
 人間の演じる猿と戯れたり、前足で傘(パユン)を回したり、扇子(キパス)を足の指に挟みいかにも手で持っているかのように使う。2体のバロン・ケケッが、椰子の実をサッカー・ボールのようにして演じることもある。

バロン・ランドゥン(Barong Landung)
 ランドゥンとは、背の高いことを表すバリ語だ。直訳すれば背高のっぽのバロンというわけだ。籐で編まれた大きな張りぼて人形の中に、操り手がひとり入って演じる。胸の部分に覗き窓があり、動きは、操り人形のようにユーモラスだ。操り手は、奉納舞踊される村のエピソードなどをコメディ・タッチに物語る。
 余談だが、筆者は名古屋市南区の出身だが、子供の頃、ショウジョウベッタン(この名前で正しいのか疑問だが)と呼ばれる竹で作られたバロン・ランドゥンのような張りぼてがあったのを覚えている。前屈みで子供を追いかける姿が、恐かったのを記憶している。今でも、子供を追いかけているのだろうか。知りたい気もする。
 バロン・ランドゥンは2人のキャラクターからなる。
 ジェロ・グデ(JERO GDE)と呼ばれる男性と、ジェロ・ルー(JERO LUH)と呼ばれる女性のペアーだ。どちらも伝説の人物である。ショウジョウベッタンは張りぼてで作られた鬼の顔だったか、バロン・ランドゥンは、男女それぞれ彫刻の面が据えられている。
 ジェロは低い階層の人が高い地位に移動した時に呼ばれる名称で、グデは王族の人を表し、ルーは女性の名称だ。
 いくつかの起源伝説がある。
 ひとつは、ジェロ・グデ・マチャリンの話だ。
 昔々、バリ島南部にある不毛の小島ペニダ島に邪悪な巨人なジェロ・グデ・マチャリンが棲んでいた。
 ペニダ島に近い南部の海岸の人々は、ジェロ・グデ・マチャリンの侵略を恐れていた。人々は、ジェロ・グデ・マチャリンに似た身の毛もよだつ巨大な悪魔の人形を作り、ジェロ・グデ・マチャリンを脅かすことを考えた。ペニダ島やペニダ島に近いバリ南部にいくつかのお面が見つかっている。
 もうひとつの伝説はこうだ。
 バトゥール山の北側の外輪山にあるバリンカンの森に、ジャヤパング(Jayapangus)王国があった。王は中国人女性を嫁にすることを望み妻とした。王子がなくなった時、民衆はバロン・ランドゥンを作った。この時、女性のバロン・ランドゥンが中国人になったと言われる。
 これ以外にも諸説あるが、どれも明確なものではない。

バロン・ブルトゥッ(Barong Burutuk)
 このバロンは、バリ島中央部バトゥール山のカルデラ湖畔にあるトルニャン村にしか見られない。トルニャン村は、バリがヒンドゥー教化される以前からの宗教を守り、独特の風習を強く保持している。これらの村は、バリ・アガと呼ばれている。火葬式が常識のバリにあってトルニャン村は唯一、風葬の村だ。
 バロンの面は、トルニャン村のプナラマン寺院に奉納されているパンチャリン・ジャガッの軍隊を象徴した怪物に似せられていると言われる。
 演じ手は、椰子の葉の芯のムチを武器に持った男性で、ガムランの演奏は伴わない。バロンの毛(衣裳)は、薄茶色に枯れた乾いたバナナの葉(Kraras)で作られている。
 面をつけて、身体いっぱいに葉っぱをつけた姿はまるまると太ったミノ虫といったところだ。何体ものバロン・ブルトゥッがムチを手に、村を徘徊し子供たちを追っかけ回す。悪霊払いの意味があり、秋田のなまはげを連想させる。
 クライマックスは、男性のブルトゥッと女性のブルトゥッが出逢う場面である。この奉納には、繁栄の願いが込められているという。



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