『ジェゴグ(jegog)』(写真)は、竹筒製打楽器のアンサンブルだ。ほかの竹筒製ガムランとは比べものにならないほど巨大な竹筒を使うところが大きな特徴である。
ガムラン・ジェゴグは、バリ島西部ジンブラナ県ヌガラ郡で誕生した。1912年頃、ヌガラ郡スブアル(Sebual)村のキヤン・グリドゥ(kiyang Gelidu)氏を中心にした近隣の村人たちによって、木板と竹筒の2種類を創って試してみた結果、柔らかい音の竹筒を使用して、従来のガムランとまったく違った音階と形状で考案された。
ジェゴグの名は、青銅製ガムランの低音を受け持つ楽器JEGOGANから由来する。もともとは「移動できない、偉大、深い」の意味であるJEGOGOGANが語源だ。
はじめはメロディもなく、ただ心に伝わる響きを楽しんでいたらしいが、時が経つにつれ、音階をもった曲が創られた。まず最初に創られたのは、祈りの曲トゥルントゥガン(Truntungan)だった。
やがてガムラン・ジェゴグは、農民の娯楽の1つとして、ヌガラを中心にジュンブラナ県の各地に広まり、やがて収穫のあとの喜びを祝う行事や村人の祝事に演奏されるようになっていったのである。
さて、時は1942年。インドネシアはオランダ軍を退去させた日本軍によって占領された。1945年、日本の敗戦により、オランダはふたたびインドネシアを植民地とするために進駐してきた。
オランダ植民地政府は、村人が集まることと楽器に使われる竹を危険視し、ガムラン・ジェゴグの竹筒を楽器から取りはずし没収した。村人が楽器の竹を武器にして反抗することを恐れたのである。その後、インドネシア独立という激動の時代が続き、ガムラン・ジェゴグはジンブラナ県の人々に忘れられたように廃れていった。
そして、そのガムラン・ジェゴグを30年間の眠りからさましたのは、ヌガラ郡出身のイ・クトゥ・スウェントラ(I Ketut Suwentra)氏である。彼は、1979年4月2日、スアル・アグン芸術団を結成し、ガムラン・ジェゴグの復興につとめた。氏の努力によって、今では、ジュンブラナ県に30を越える芸術団が誕生するまでになった。
楽器形態を説明しよう。
ガムラン・ジェゴグは、8本の長さの違う竹筒を横に木琴状に並べ、紐で吊って細い脚台に取り付けた楽器で、ティンクレック(半割の部分を前方にした竹筒)形態の竹筒製ガムランだ。当初は、半割の竹筒を2枚重ねたものだったらしい。
大きさの異なる楽器が14台。前列から、バランガン(barangan)3台。カンチル(kancil)3台。チェルルッ(celuluk)2台。スイル(suir)3台。ウンディール(undil)2台。ジェゴグ(jegog)1台という構成で並べられている。
最重低音を出す楽器が、ジェゴグである。ガムランの名称は、このジェゴグからきているという。ジェゴグの竹筒は、長さ3メートル、直径20センチもある。世界最大の竹筒楽器だ。このジェゴグから叩き出される音は、とても竹とは思えない。よく、パイプオルガンのような響きだと、たとえられる。人間の可聴振動域ぎりぎりの重低音を出すのだ。
1台にひとりの演奏者が立ったままの姿勢で、そして、最後列のウンディール2台とジェゴグは、演奏者が楽器の上に乗って演奏する。もちろん、座板が渡してある。この3台の楽器は、ふたりで演奏することもある。
従来、椅子に座って演奏していたが、動きやすく、身体全体で演奏できるということで1997年頃から立ち姿勢になった。
まず、前列中央のバランガンがソロで旋律を奏でる。柔らかく、優しい音だ。
そして左右のバランガンがその音を助けるように拍子をずらして裏打ちする。すると、音にバイブレーションが生まれる。
2列目のカンチルが、16ビートの素早さで小刻みに高い音を叩き出す。時には、大粒の雨がトタンの屋根を打つような激しい音であったり、また曲によっては、よちよち歩きの子供の歩行練習に使われる手押し車のうさぎのように、ちょこちょことユーモラスな音にもなる。カンチルの竹筒は、短くて肉厚なので、1台ではほとんど反響がないが、左右のカンチルが裏打ちすると厚みのある32ビートの音になる。
そして、ジェゴグの重低音が叩き出される。ジェゴグ1台から叩き出される音は、深みの少ないものだが、左右のウンディールの音が左右から包み込むようにジェゴグの音を助けると、音に丸みが出るから不思議だ。曲全体に、ジェゴグとウンディールの音がうねるように流れる。
音を聴いただけでは、これが竹の楽器で奏でられているとはわからないだろう。
ガムラン・ジェゴグの醍醐味はムバルンにある。人気の秘密もここにある。
同時に2チームが叩き合うムバルンは、稲刈りが終わった村人が、何もすることがないので暇つぶしでやってみようというのが発端だ。2チームが同時に演奏し、その音のぶつかり合いを楽しもうという独創的な発想から生まれた。これもスウェントラ氏のアイデアだ。
「はじめてのムバルンは、今でも忘れられない。あれは1988年のことだ。異常に興奮して、夕方から始まって翌朝まで終わらなかった。ほとんど演奏者全員がトリップ状態だった。あの時の楽しさは、ほかに比べようがないほど素晴らしかった」と彼は、遠くを見るように語った。
ムバルンは、まず、片方のグループが演奏をはじめる。
しばらくすると、もう一方のグループが相手の音に自分たちの音をかぶせ押し伏せてしまおうと全合奏で襲いかかる。互いの音が空中で戦いを交える。それに負けじと乱入された側も力を振り絞り、より一層強く激しく演奏する。互いにできるだけ大きな音を出そうと必死である。少しでも手を抜くと相手の音が襲いかかってくる。
こんなふうに、音量とテクニックで勝負を決めるというのが、ガムラン・ジェゴグ独特のムバルンだ。
演奏者は、立ち姿勢で身体をいっぱいに使って演奏する。演奏していくうちに、興奮して我を忘れる人も続出する。興にのると、身体が止まってくれないのか、なかなか終わらない。
はじめのうちは、2チームの音が不調和音に聴こえ、戸惑ってしまう。しばらくすると、音は不思議に混ざり合い深みのある響きと変わり、うねり出す。うねりは、戸惑いを吹き飛ばし、心地よい振動となって全身に響きわたる。
音と音の交わる地点で地面に坐り込み、眼を閉じる。心を静かにすると瞑想に入ったような幻想的な気分を楽しむことができる。
時には、楽器の下にもぐり込んで音の渦に巻き込まれたり、演奏者のそばによって覗き込み、演奏者の気分を味わう。演奏中の彼らは楽しそうで、思わずカメラを向けてしまう。カメラを向けると、彼らはバリ人特有の優しい笑顔を、返してくる。その顔は、もはや汗だくである。
彼らの音楽は、ただ聴くだけではない、観るパフォーマンスだといえる。
旅に観光型と参加型があるように、音楽にもそれはある。西洋のオーケストラが観光型とすれば、ガムラン・ジェゴグはさしずめ参加型だ。参加型と言っても演奏中に飛び入りするわけではなく(中には、そんな人もいるが)、自由に動き回ることによって演奏者の気分に浸ることができるのだ。
また、ガムラン・ジェゴグはロックのようだ、という人もいる。身体全体を使って音を出し、リズムをとる。そのノリの良さ。時には、演奏者の顔が恍惚感に輝き、時には、挑戦的に攻めるような表情になる。それを観ていると、ついつい自分の身体までもが、自然とリズムにのって動き出してしまう。それはまさに、ロックのノリである。
このように、ガムラン・ジェゴグは、楽器の材質や音階だけではなく、他の青銅製ガムランとは全く違う魅力にあふれた芸能のひとつなのである。

初期のガムラン・ジェゴグ
●ティンクレックの上に、竹板の載った二重構造がユニークだ
※スアール・アグン芸術団のジェゴグ公演
日時:毎週木曜日、7.00PM開演
会場:ヌガラ郡サンカルアグン村
料金:お一人様40US$(送迎・ディナーBOX代含む)
送迎:ウブド地区はパノラマホテル前3.00PM集合(帰路は各ホテルへお送りします)
予約:チケット予約はアパ?でお願いします(8名様以上集まらない場合はキャンセルとなります)
関連記事:織田蘭丸の「極楽通信・UBUD 感動の槌音・ジェゴグ」