悪霊、精霊、そして、レヤックなどに対抗するものとして、バリアン(Balian)がある。
バリアンは、プダンド(Pedanda=ブラフマノ出身の司祭)、プマンク(Pamangku=平民僧の司祭)、サドゥグ(Sadeg=巫女)と同様、宗教的職能者にあたる。
バリでもっともミステリアスな世界、ブラック・マジック、ホワイト・マジックを操るのはこのバリアンだ。英語では、シャーマンとかメディスンマンと訳されている。インドネシア語では、旧式の医師やまじないによる治療師は、ドゥクン(Dukun)言われる。カリマンタンの自然信仰の残る民族で、バリアンと呼ばれる葬儀を執り行う司祭がいる。神話の伝説や民族の系譜を語り、神に奉納舞踊する能力をそなえていると言われている。カリマンタンにもマジャパイトの末裔が移り住んだと言われるから、バリのバリアンと語源は同じなのかもしれない。
バリアンには男性が多い。占星術や暦法にも精通している。普通は、世襲的に受け継がれる。それは治療にあたって膨大な知識や貴重な道具類、さらに重要であるサクティと言われる超自然的霊力が必要だからだと言われる。
少し専門的になってしまうが、参考のために書いておく。
バリアンには6つの職務がある。
1.Balian Usada:はじめにマントラ(mantra=不思議な力を持った呪文)を唱え、そして、い
ろいろな薬用植物を使用して治療する。魔術的な道具を使い、嫉妬や怒り、そして、悲哀を相手 に植え付けることができる。
2.Balian Manakan:助産婦。
3.Balian Tenun:占い師。ロンタル(Lontar=ロンタル椰子の葉に書かれた古文書)
の教えをもとにして、消失した物質のありかを告げる。
4.Balian Taksu:
a)小さな子供にのりうつり、誰の生まれ変わりかを告げる。
b)子供が病気の時、誰がそうしたかを告げる。
c)死亡した人がバリアンにのりうつり、隠された財産などを告げる。
5.Balian Eedan:神がのりうつり、神のお告げを説明する。
6.Balian Sesonteng:許されない結婚の時、結婚する2人に隠れ場所に招かれ、神に対する供
物を作る。
これらを大きくわけるとすれば、呪医師と呪術師の二種類だ。
呪医師は、ロンタル文書から得た知識や呪力、経験から治療をおこなう。1、2、3、6がこれにあたる。ビダン(Bidan)の看板が出ている助産院の中にも、バリアンと呼ばれる人がいる。
呪術師は、霊感を授かった人で、トランス状態を通じて霊界に入りお告げをする。時には、悪霊と戦う。4、5がこれにあたる。死んだ人の魂、霊魂を自分の身に取り憑かせて、死者の身内の者に死者の言葉を語って聞かせるのは、日本のイタコ「口寄せ巫女」と同じだ。
1人のバリアンが、これらいくつかの職務を兼ねることもある。プダンド、プマンクにも特異な能力を持った人が多く、バリアンを兼ねることもある。
バリ人は今でも、病気や禍が起こるとバリアンにうかがう。
彼らは悪いことが起きると、儀式や宗教上の不手際が原因かもしれないと思ったり、レヤックやロ・ハルスの悪戯や黒魔術のバリアンから魔術をかけられているのではないかと疑うのである。評判の高いバリアンのところには、毎日、大勢の人々が訪れている。
渓谷に沿いに建つバンガローを持っているワヤン・カルタの家族に、病人や怪我をする者が続いた。バンガローは、超自然的な霊力という意味を持つ「サクティ」と呼ばれる土地にある。彼はさっそく高名なバリアンにうかがいをたてた。
バリアンはバンガローに出向いた。
「バンガローの供物が、時々、怠り、霊たちが腹を空かして怒っている。それで注意を促した」と告げた。100体もの霊が、渓谷を浮遊していると言う。
その後、供物をかかさないのはもちろんのこと、祭壇もふたつ新しく建てた。こうして、家族の病気も治り、怪我人をする者も減った。信じられないと思うが本当の話だ。
こんな話もある。
ウブド近郊のある村で、バンジャールの建物が新築された。村人は、これまでプダンダの家寺に安置されていた「ご神体」をバンジャールの祠に移動したいとプダンダに申しいれた。さっそく、バリアンにこの旨をうかがいをたてた。
バリアンに、ご神体がのりうつり、お告げがされた。
ご神体は「引っ越したくない」とおっしゃっているそうだ。これに困った村人たちは、会合を重ね、その結果、新たにご神体を作り奉納したそうだ。
こんな話をあげればきりがない。
さいきん、コンピューターを駆使するプダンドのバリアンがあらわれた。ロンタルと彼のオリジナルをコンピューターにインプットして占うそうだ。大ホテルや大企業の経営コンサルタントをしていると言う。どこの国も同じようで、政治経済を動かす賢者も、最後は神頼みのようだ。これも時代の流れか。
最後に「ブラック・マジックにかからないようにする対応策はないのか」の問いに答えよう。
身体の一部だった髪の毛、爪など、そして身につけていたもの、特に下着などは他人の手に渡りそうな捨て方をしないこと。これらを使ってマジックをかけると言われている。
友人のひとりが、この方法でマジックをかけられて、あやうく気が狂うところだった。バリアンに調べてもらうと、ホームスティの入り口に、これらのどれかが埋められていたとのことである。
また、飲み物や食べ物に毒を入れられることもある。これは人間関係がぎくしゃくしてしまうので、スマートにしないと駄目だが、見知らぬ人にご馳走になるときは気をつけよう。
もうひとりの友人は、不仲になった大家から、毎日のコピに少量の毒を入れられ、眼が開けられなくなり、病院に駆け込んだ。バリ人は、他人の家でむやみに飲み物を飲まない。そして、すでに封が切られた食べ物に手をつけようとしない人も多い。
バリ・ヒンドゥー教を信仰していない日本人には、ブラック・マジックはかからないと言われているが、そうでもないようだ。さきに紹介したふたりの友人は、どちらも日本人だ。ブラック・マジックに興味を持った、ある日本人青年が、研究するうちに気が狂い急遽帰国した。これも、その証拠のひとつだ。
ブラック・マジックにかけられるのは、嫉妬やねたみが原因のことが多いようである。
対応策としては、他人に恨まれないのが1番だ。
バリの人々は皆、いつもニコニコ笑顔で、他人との表立ったいさかいを極力さけるし、感情をあらわに出すことは、たいへん恥ずかしいこととされる。だが、彼らも人間だ。彼らの優しい顔や言葉に甘え過ぎて、あなたは気づかぬうちに彼らを傷つけてはいないだろうか?
有為エィンジェル著の小説「姫子インバリ」の中にも、主人公がブラック・マジックにかけられる場面が登場する。この場面は、恋愛がらみのマジックなのだが、とても著者の作り話とは思えないリアル内容だ。興味のある人は読んでみるといい。
ブラック・マジックに対してあまり神経質になる必要はないが、少し、気をつけた方がいい人も中にはいるかもしれない。そして「もしかして、かけられてる?」と身に覚え(?)のある人は、1度バリアンを訪れてみるといいだろう。