ガルンガンの次の日は、マニス・ガルンガンと呼ばれる。
マニス・ガルンガンからクニンガンまでの10日間は、あちらこちらの村で、バロンのジャランジャラン(散歩)を見かけることが多い。
中でも見応えのあるのが、プアカン(PUAKAN)村に集まるバロンだろう。
マニス・ガルンガンの日、プアカン村では、バロンが年に一度ミーティングするのだそうだ。
ウブドの西チャンプアンにあるグヌン・ルバ寺院から北に尾根づたいに進むとスバリ村バンキアン・シバムに入る。
スバリ村から、さらに北上するとタロ村に続く。
タロ村には、グヌン・ルバ寺院と同様に、ルシ・マルカンディアが開いたアグン・グヌン・ラウン寺院(Pura Agung Gunung Raung)がある。
タロ村を中心にして、一つの尾根づたいと脇道にそれた尾根づたいの村々から、タロ村のさらに北にあるプアカン村にバロンが一同に集まる。
SEBALI・KELIKI・KELUSA・BRESELA・TATAG・TARO klod・TARO kaja・PAKUSEBO・PUAKAN・BELONG・PATAS・TEBUANA、その他、22以上のバンジャールが参加する。
すべてで22体以上はあるバロンは、毎年集合する数は異なる。
村々から、バレ・ガンジュールを先頭した老若男女がバロンに付き添って行列する。
バイクや車を持っていても、この日は歩くことになっているようだ。
男達はバロンを盗賊から守るため、腰にクリス(剣)をさしている。
行列はまず、Pura Pucak SabangdahatとPura Penayawaganでお祈りをすませたあと、プセ寺院プアカン(Pura Puseh Puakan)に移動する。
各村の出発時間はまちまちだろうが、午後2時には、奥の境内と中の境内に、ご神体は安置された。
(中の境内中央の建物が建つ以前は、横2列に並んだ。それが壮観だった)
集合するバロンの数は、毎年異なり、この日(2010年5月13日)はバロン、ランダとも十数体が集まった。
これがバロンの大集合の正体だ。
バリ人知人に、このウパチャラ(儀礼)の名称を訊ねると「バロンのミーティングです」と教えてくれた。
バロン同士が話し合うわけではないだろう。
いや、バリだからひょっとするとそんな不思議もあるかもしれない。
私には、確認できなかった。
バロンを安置し終わると、人々は寺院前の広場で食事を摂る。
歩きづめで疲れた身体を癒すため、日陰を探して座り込み涼をとっている。
出店では、飲み物やスイカなど、ノドを潤す物が多く売られていた。
賭け事に興ずる人々もいる。
午後3時、寺院の外まで溢れている人々がいっせいにお祈りを始める。
お祈りのあと、バロンの行列は、それぞれの村へ帰って行った。
もっとも遠くから来ているスバリ村は、朝8時に村を出発し、5時間かけて到着し、帰りは5つの寺院でお祈りして周り、なんと深夜2時に村に帰り着くそうだ。
いかに信仰心が厚いかが感じられるバロンの大集合の儀式でした。
バロンの大集合は、バンリ(マニス・ガルンガン)、タバナン、ムングイでも行われる。
(2010/8/27)
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