ガルンガンの祭礼



 私はバリ滞在19年目。滞在年数が増してもツーリストという立場は変わらない。バリ人との距離は、決して縮まることはない。
 「それはそうだろう。あなたはバリ人じゃないから」そう言われればそれまでだが、そんなことろが長期滞在していてちょっぴり寂しい。といって、バリ人と同じ生活になってしまえば、それは、日常となってしまい、これまで非日常を満喫していたのができなくなってしまう。結論から言えば、ツーリストのままでよいのだが、部外者だという疎外感を思い知らされるのは、嬉しくない。
 特に自分がツーリストだと実感されられるのが、バリの祭礼日。その最たるものがガルンガン(Galungan)だ。ガルンガンは、210日を1年とするウク暦の祭礼日のひとつだ。西暦のカレンダーだと、毎年後送りになって日にちが変わっていく。
 ガルンガンは善(ダルマ)の悪(アダルマ)に対する勝利を記念する祝日とされている。これは10世紀頃の、インドラ神とマヤデナワ王との戦いの神話からきている。善の勝利を喜び、森羅万象を創造してくださった神に感謝する日でもある。神々は祖先の霊と共に、敬虔な信仰心と清い心という恩恵を人々に与えてくれます。家々の寺で、神々と自然の霊力と祖先の霊に対して供物でもてなし、祈りを捧げる。
 ここで少し、ガルンガンを迎える一連の儀式をおさらいしてみよう。
★スギアン・ジャワ=Hari Sugian Jawa。Wraspati(木)-wage
 バリ島全土がバリ島外の力から守られるためにおこなわれる儀式。
★スギアン・バリ=Hari Sugian Bali。Sukra(金)-kliwon
 自らの体を清める日であり、続く土曜日には、女性たちは米と椰子砂糖から作る《ドドル》と呼ばれる伝統的な菓子作りをする。
★ハリ・プニェクバン=Hari Penyekeban。Redite(日)-paing
 邪悪な力が儀式の準備を妨害したり、力を振るいやすい日で、人々は瞑想し忍耐を持って邪悪な力に立ち向かい、彼らの務めを続ける日ともいわれている。
 餅米を発酵させる作る《タペ》というお供え用の食べ物を作る日。
★ハリ・プニャジャーン=Hari Penyajaan。Coma(月)-pon
 お供え用のお菓子を作る日。
 そして、ペンジョールを作る準備が、男たちによって始まる。ペンジョールが屋敷の門前に立てられるのは、ガルンガン前日か、前々日のことが多い。ウブドのペンジョールは、ほかの村と比べると特にみごとで、太くて長い竹が使われ装飾も豪華だ。竹竿で作られたペンジョールは、日本の七夕飾りのようでもあり、正月の門松風情でもある。ガルンガンから35日目に取り払われる。
 ガルンガンがちょうど満月と重なる日はガルンガン・ナディ(Galingan Nadi)と呼ばれ、5年に1度巡ってくるそうだ。この時のペンジョールは、いつもと違って、先っぽにクリンチガンというプケチョッ(カタツムリのような巻き貝)の殻で作った風鈴のようなものをつける。地方によって違いがあり、ウブドはプケチョッがぶらさがっていたが、バンリでは、先端がみっつに分かれた竹が立っていた。
★プナンパハン=Hari Panampahan。Anggara(火)-wage
 善と悪の力の違いを理解するために、必要な力を手に入れるための儀式が行われるとされる。その一方で、豚や鶏を生贄に捧げる。それぞれの家々では、早朝からラワール料理が作られる。家を離れて働きに行っている家族も、この日には帰ってくる。
 バリ・カレンダーにはこれら一連の儀式が記載されているが、一般家庭で特に行われてはいないようだ。
★ガルンガン=Hari Raya Galungan 。Buda(水)-Kliwon
 そして、ガルンガン当日。
 人々は朝早くから起きて沐浴し、正装に身を包む。女性たちは、この日のためにひと揃いの正装を新調する者が多い。まず、屋敷寺で、数日前から用意された盛大な供物を祠に供え、祈りを捧げる。そのあと、村の方々の(寺院、水利組合(スバック)の寺院、仕事場の祠、それぞれにやはり供物を捧げ、祈る。そのあと、他へ嫁に行った女たちは、自分の実家の寺へも、供物を持って参拝する。「全部で何カ所くらい、廻るの?」と訊ねると、「わたしは10ヶ所の寺よ」と答える女性もいる。そのつどお祈りもするので、額は米粒だらけ。身体は、聖水でびしょびしょに濡れている。
 村の守り神であるバロンランダの仮面が、寺院の境内に安置され、この1年間村人をお守りくださったことへのお礼として、供物が捧げられるのも、この日である。
★マニス・ガルンガン=Manis Galungan。Wraspati(木)-umanis
 人々は家族や友人を訪ね、共に神々に祈りを捧げ、互いの罪を許し合う日とされる。
★クニンガン=Hari Raya Kuningan。Saniscara(土)-kliwon
 ガルンガンから10日後。
 儀式は午前中に行われる。心の平和と静寂のために祈りを捧げる。この日の正午に、神々と祖霊は天上へ帰るとされる。

 これまでは、ガルンガン当日しか休まなかったアパ?も、今年は、ツーリストが少ないため、これ幸いと3連休にした。ついでに、クニンガンも2日休んでしまった。その変わり、次の210日後のガルンガンは日本のお盆シーズンに当たり、ツーリストも増えるだろうと目算して休みを少なくするつもりだ。
 ウブドのあちこちの店が、同じ考えなのか、休みの店が多かったように思う。
 そして、ツーリストのわたしは、何もすることがない。
 たとえば、わたしのガルンガン生活というと・・・
 AM11時に、大家の奥さんの「イトー!」という大きな声で起こされた。奥さんから、バリの名物料理ラワールが差し入れられた。ラワール料理は生もので、昼頃までには食べてしまわないと腐ってしまう。
 寝起きでラワールはちょっときついかなと思案をしていると、昼1時頃に、今度はアパ?のニョマンからラワールが届いた。ニョマン家の料理には、生血のラワールが入っていた。
 実をいうと、わたしはあまりラワールが得意ではない。「今日はラワール三昧だ」と喜べないのが残念だ。これが羊羹かぜんざいか、はたまた、甘納豆なら大歓迎なのだが。
 とにかく、めでたい時に食べる料理だし、皆が朝早くから作ってくれたラワールのこと、有り難くいただかなくては。昼飯は両家のラワールを皿一杯に盛って、ちびちびと食べる。残った方のが多かった。皆さんごめんなさい。
 今日1日は、どこの家を訪ねてもラワールが振る舞われるだろう。だからどこへも行かない。と言うより、どこも行くところがなく、結局、仕事場に直行して仕事をしてしまった。
 仕事場に、ダドンが供物を持って現れた。すでにガルンガンの供物はスタッフによって供えられているが、ダドンの好意を無にするわけにもいかず、供物はダブルで捧げられた。
 コンコンコン、チンチンという鳴り物を叩く、バレガンジュールの音が遠くから近づいてくる。村の守り神とされるバロンが、村を浄めるために村内を練り歩いているのだ。太鼓の音が聞こえると、もう近い。
 ダドンは、わたしの財布から5,000ルピア抜き取ると、表通りで出ていった。門付けをして、店の前で踊ってもらい、厄払いをしてもらうのだ。ダドンの耳は、バレガンジュールの響きをキャッチできるようだ。音を聞くと、喜び勇んで飛び出していく。幾つになっても、好きなのだ。
 夕方、仕事場にある祠でお祈り。わたしの祖霊は、バリの地まで降りてこないだろうから、お祈りの内容はいつものように、宇宙と世界の平穏にした。帰宅したら家の祠にも、詣でなくてはいけない。
 夕食は、ダドンが持ってきてくれた、黒焦げのアヤム・ゴレン(鶏の唐揚げ)と白飯だ。今夜は日本食でも食べようと考えていたが、ラワールでなかったのがせめてもの救いだ。
 ダドンは、この3日間通って来た。3連休は、ダドンと2人だった。そして、アヤム・ゴレンが3日続いた。ああ〜、お茶漬けが食べたい。



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