妖怪ガマン (Gamang)



 これは実際にあった話だ。
 ある晩、グスティおじさんは田んぼに引く水の番をするため、農夫が農作業の途中休憩する簡素な小屋に坐り込んでいた。
 田んぼの中のこともちろん電気はない。あたりは真っ暗闇だ。グスティおじさんは星を眺めるのが好きで深夜の水番も苦にならない。
 深夜0時を過ぎた頃、小屋の近くを何かが動きまわる気配がした。しかし、こんな夜中の田んぼを歩いている人はいないはず。気のせいだと無視した。
 つぎには、棚田の遠方から微かな灯りが見えた。灯りは3つ、ふわふわと上下に揺れ、小屋に向かってくる。少し怖くなったグスティおじさんは、手元にある懐中電灯を手に取った。灯りは、近づくにつれ大きくなる。懐中電灯を灯りに向かって照らした。灯りの正体は・・・田うなぎ取りの少年たちの灯油ランプだった。
 少年たちのランプの灯りが、小さくなり、やがて見えなくなった。
 今夜は、月がまったく隠れてしまう新月。夜空には、ダイヤモンドを散りばめたように無数の星が瞬いている。星を見つめていると時間を忘れる。
 再び、小屋の近くで何かが動きまわる気配を感じた。先ほどより気配が濃い。思わず姿勢を正した。
 「お〜い、お〜い、お〜い」
 どこかで誰かの呼ぶ声が、小さく聞こえてくる。
 今のは、気のせいではない。懐中電灯を手に取って照らそうとしたが、ついしばらく前についた懐中電灯が今度はつかない。スイッチがロックされたように動かない。何度も押してみるが、まったくだめだ。しだいに手が震えだし、スイッチを押すのもままならなくなった。ついには、全身が震えるほど怖くなり、眼をつぶってしまった。
 このまま、何事もないことを祈り、じっとしていることにした。
 あまりの怖さに、時間がどれほど経過したのかわからない。きっと、数分しかたっていないだろう。怖々と、うす眼を開けていく。・・・星明かりに照らされて、誰かがこちらに向かって手を振っているのがはっきりと見える。
 ここには、わたししかいないはず。知り合いだろうか? 冷静に考えようとしても、怖さが先だって思考能力がなくなっている。
 その誰かは、両手を前に差し出し、高々と足をあげながら歩いてくる。まるで、魔女ランダのようだ。姿が見えた。長い髪をした女性だ。
 突然、女性の口が大きく裂け「お〜い、お〜い、お〜い」と叫んだ。
 グスティおじさんは腰が抜けんばかりに驚き、へっぴり腰で走り出した。何度も畦道で転び、田んぼに足を突っ込んだ。泥に埋まった足は、ばたつくだけでなかなか進まない。田んぼから這うようにして抜けだし家に逃げ帰った。
 次の日、田んぼの近くの村人に、その話をすると
 「それは、ガマンを見たんだ。川の向こうは、ラプラパン村のダラム寺院で、その川の淵は火葬場になっている。遺骨を拾ったあとの残った灰は、ちょうどあんたが深夜ガマンを最初に見たあたりに捨てられる。そのあたりは、いつも何かの気配がしていて、多くの村人が呼びかけられる経験をしている」
 これを聞いて、グスティおじさんも納得したそうだ。
 深夜0時を過ぎて誰かに呼びかけられても、3回までは絶対に返事をしないようにとグスティおじさんは忠告する。3回呼びかけるのはガマンのしわざ。ガマンは、人の身体に入りたくて、いつも人の心の隙間を狙っている。
 バリ語→インドネシア語の辞典でガマンを調べると、‘orang halus’=霊、おばけの1種。人間の姿をしているが、自在に姿を消したり現れたりする。虎になったりもするが、眼に見えないこともある。特徴は、鼻と上唇の間の溝がないこと。Pulaki近辺にたくさん居るらしい。とある。
 Pulakiとは、バリ西北部の海岸沿いに実存する村だ。辞書に載るくらいだから、実際にPulakiには居るのだろう。
 バリ・テレビでミステリアスな実体験の番組があり、ガマンと恋人になった人物のインタビューが放送されていた。「鼻の下に溝がないので、一目でガマンとわかったが、あまりに美しいのでつき合ってしまった」とか、「私には見えるが、家族や他の人には見えないらしい」なんて言っている。そんな番組を見て、バリ人は、本気で怖がっている。
 人間の鼻の下に溝があるのは、神が人間に無駄口をしないようにと、人差し指で口を押さえさせ、常に心がけるようにと痕を残しものだ、と言い伝えられている。本当かな???
 アパ?で《ガマン体験ツアー:10ドル》なんてのがあったら、人気になるかな? でも、リスクが大きそうで実現できそうもないな。



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