クルクル (Kul-Kul)



 ウブドの宿に滞在していて、静寂の中から、トントントンと木を叩く単調な音が聞こえてきた経験はないだろうか? これは、バリの村々に古くから伝わる通信手段で、棍棒で叩くことによって出る音で情報を伝えるクルクルと呼ばれるものだ。クルクルの語源は知らないが、何とも可愛い響きの言葉ではないか。
 電話、ファックス、携帯電話、インターネットなどの普及率がバリは先進国なみではないとはいえ(観光地では意外に普及している)、こんな原始的な通信手段が今でも立派に役に立っているということは興味深いことだ。
 「ひょっとすると、狭いエリアでは、こんな原始的な手段が逆に必要な時代がやって来るのではないか」わたしには、そんな予感がする。そうなると、何が先進で何が遅れていることなのかわからなくなる。
 クルクルは、内部をくり抜いて洞(うろ)にした丸太や四角い柱を、中ほどに縦長の切り込みを1ヶ所入れた洞木だ。この切り込みから響き出る音が、遠くまで聞こえるのである。
 プラ(寺院)で鳴らすためお寺の鐘のようでもあるし、緊急の連絡に使うため半鐘の役目もする。木の棒で叩いて音を出すため、木魚の音にも似ている。しかし、鐘や半鐘のようなものと説明するよりは、どちらかと言えば、木魚の変形のようなものと考えるとわかりやすいかもしれない。
 クルクルはプラ(寺院)、プリ(王宮)、バンジャール(いちばん小さな村組織)、スバック(水利組合)、バンジャールに所属するスカ・ゴン(ガムラン・グループ)などの場所に備えられている。
 それぞれの場所のクルクルに、それぞれの役割がある。
 プラでは、オダラン(寺院祭礼)の始まりや終わり、そして、準備のための奉仕活動の招集を村人に告げるために叩き、プリで叩かれる場合は、プリで行われる結婚式や葬式などで村人に呼び出しをかける時がおもだ。
 バンジャールでは、相互扶助(ゴトンロヨン=gotong royong)、例えば、村の行事や火事や泥棒が出た時などに叩かれる。警戒の時のクルクルは、早く打ち鳴らされる、まさに半鐘のようだ。
 プラとプリに関する奉仕活動はバリ語でンガヤ(ngayah)と言われ、その他の奉仕活動はインドネシア語でゴトンロヨンと呼ばれる。オダラン(寺院祭礼)の奉納芸能もンガヤだ。
 伝達内容によって、叩かれる数や音の間隔などに取り決めがある。そのリズムによって、村人には招集の内容がわかるという。叩かれる数や音の間隔は、それぞれの村では異なり、その村人にしかわからないようになっているようだ。
 叩き手は、クシノマン(Kesinoman)と呼ばれるが、これは専門職ではなく、そのつど村人から交代制で選ばれる。
 クルクルは、陽射しや雨をよけるために屋根のある建物の中に吊られている。この建物はバレ・クルクル(Bale Kul-Kul)と呼ばれている。バレ・クルクルは立派な塔だったり、大きなビンギン樹の幹に、こんなところで昼寝をしたらきっと気持ちがよいだろうと思われる樹上ロッジのような小屋だったり、枝間に屋根だけつけられた簡素なものだったり、まちまちだ。

クルクル クルクル クルクル

 ウブドにもいくつかのバレ・クルクルはある。散策する時、注意していれば、必ずひとつくらいは見つけることができるだろう。
 プラのバレ・クルクルには、たいていラナン(Lanang=男性)とワドン(Wadon=女性)と呼ばれる、ふたつのクルクルが吊られてある。クルクルがひとつだけのこともあるが、この場合は、ラナンとワドンを叩く音で使いわける。プラ以外で、ひとつのバレ・クルクルにふたつ以上のクルクルが吊り下げてあるのは、バンジャールやスカ・ゴンなどが共同で使っていることがあるからだ。
 クルクルの製作は、バリの伝統的な慣習に従って行われる。まず、霊力の強いと言われる木が選ばれる。ジャティの木から作られることもあるが、おもにナンカ(nangka=バリ語、インドネシア語。ジャックフルーツ・jackfruit=英語)の木の、固くて強い黄色い芯の部分が使われる。
 いくつかの儀礼が執り行なわれたあとウンダギ(=Undagi)と呼ばれる職人によって作られ、完成したクルクルは、ブサキ寺院内にあるウルン・クルクル寺院の聖水によって浄められたのち、それぞれのバレ・クルクルに設置され活用される。
 チャンスがあれば、何百年も前からバリの村々に響き渡ったクルクルの音に耳を傾けて、バリのいにしえを想像してみてください。そして今、あなたの宿泊している地域の村で何が起こっているのか想像してみてください。
 なんて書いている今、クルクルの叩かれる音が聞こえてきた。わたしには、いったい何を伝達しているのかまったくわからない。もしこれが火事や泥棒の発生警告だったら、クルクルの通信を理解できないわれわれツーリストは、危険な目に遭うかもしれないのだ。
 早鐘でないところをみると、火事や泥棒ではないだろう。時刻は夜の11時。火事現場が近ければ焦げ臭い匂いや炎が見えるだろうし、泥棒が逃げ回っているなら、わたしの家に逃げ込むよりは渓谷か林の中を選ぶだろう。テラスに出てみたが、外はいつものように静かだった。心配することはない。クルクルの音はのんびりしたものだ。
 通信内容は理解できないが、今夜のクルクルは、睡眠を促してくれる心地よいリズムだ。スラマッ・ティドゥール(Selamat tidur)おやすみなさい。



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