わたくしは、「極楽通信・ウブド」にコツコツと原稿を投稿している織田蘭丸である。オダランの奉納芸能見学に生き甲斐を見いだし、ペンネームを織田蘭丸(オダラン・丸)としてしまったほどのオダラン狂いだ。なのに、あまりに身近にあって、オダランの説明をするのが遅くなってしまった。
オダランとは、寺院の建立を記念する祭礼のことで、ウク暦あるいはサコ暦の1年周期で行われる寺院の誕生日の祝いのようなものだ。そんなことからかオダランをオトン(バリ人のウク暦の誕生日)という言葉を使うバリ人もいる。また、東部バリのカランガッサム地方では、ウサバと言っている。ウサバは、他の地方では収穫祭を意味する語だ。
村には、少なくともカヤンガン・ティゴ(Kahyangan Tiga)と呼ばれる3つの寺院、デサ寺院、プセ寺院、ダラム寺院がある。たとえば、ウブドの隣り村プンゴセカンには、カヤンガン・ティゴを含めて7つの寺院がある。210日を1年とするウク暦だと、単純に割り算してプンゴセカン村では月に1度はオダランがある計算だ。これ以外に、屋敷寺(Sanggah・Merajen)のオダラン(単にウパチャラ(儀式)ともいう)やバリ・ヒンドゥー教の総本山といわれるブサキ寺院や地域を越えた大きな寺院(例:プナタラン・サシ寺院、サムアンティガ寺院など)のオダランにも参加すると、月1度ではすまないかもしれない。
バリ人をさらに忙しくしているのは、ニュピやガルンガンとクニンガンの祭礼、満月、暗月の儀礼、そして個人的には結婚式、葬式、削歯式、子供の誕生日(オトン)などなどの儀式などがある。バリ人の友人を見ていて、その忙しさには同情してしまう。しかし、彼らの表情を見ていると、「忙しい」と言いながら、その忙しさにバリ人の誇りのようなものが含まれているようにも見える。
われわれツーリストは、そんな忙しさに関係なくハレの部分だけに参加する。こんな時に、ツーリストでよかったと実感する。
ウブドを中心にして考えてみても、毎月どこかの村でオダランが開催されている。車やバイクを利用するなら、1週間のウブド滞在中に必ずどこかでオダランがあるだろう。
寺院は吉日を選んで建立されるので、オダランが重なることもある。そうなると、奉納芸能追っかけの織田蘭丸としては、不謹慎にもオダランのハシゴとなる。一晩に3〜4寺院を巡ったこともある。帰宅は、深夜2〜3時だ。
オダランは地域や村、それぞれの寺院によって内容が異なる。準備期間も短く1日で終わるオダランから、数ヶ月前から準備が始まり1ヶ月以上も続くオダランまである。村人による祈りが捧げられるだけで終わる寺院もあれば、各種の芸能が日夜奉納される寺院もある。準備や後片づけも、同様に数日から数ヶ月かかる。
寺院の奉仕活動はバンジャールの役目だ。寺院や王宮への奉仕はバリ語で「(ン)ガヤ」と言い、そのほか寺院と関係のない奉仕活動は、インドネシア語でゴトンロヨンと呼ばれ、区別されている。
オダランが近づくと、普段は閑散としている寺院の祠には白や黄色の布が張られ、各所に色とりどりのウンブル・ウンブルと呼ばれるのぼり旗が立てられ、にわかに活気づく。
30年や50年に1度の大きなオダランになると、村の入口に寺院名と日程の書かれた横断幕がかかげられ、左右には、お祈りをしている姿の男女一対の張りぼて人形が置かれる。
オダランの前日には、ムラスティと呼ばれる浄化儀礼がある。ウブドや近郊の村々は、ギァニャール南部のルビ海岸に清めに行く。ご神体(ススオナン=バロン、ランダ、etc)を乗せた大型トラックに、バレガンジュール(シンバル楽器を中心にしたガムラン隊)が同乗して、賑やかに演奏しながら走っている。村人総出のため、車が列をなして海岸へ向かって行く。この時の村人の顔は、老若男女、誰もが誇らしげに見える。
オダラン初日はピオダラン(Piodalan)と呼ばれ、開催に先がけて闘鶏が行われる。闘鶏は地面に血を吸わせ、地界の悪霊ブタ・カロを慰めるための供儀だ。
ご神体は祠から出され、オダランが終わる日まで祭壇に安置される。チャロナラン劇で、バロンやランダなどのご神体を使った舞踊が奉納されることもある。
神々は常に寺院に祀られているわけでなく、オダランの日にのみ天界から降臨するとされている。そのために神々を迎える一連の儀式がある。ジェロアン(内庭)で奉納される舞踊ルジャンやトペン・パジェガンは、その儀式の一部でもある。神が僧侶に降臨し、今年1年の村の行事をお告げする寺院もある。
オダランの間、神々は寺院に降臨していると考えられ、村人は神々が飽きないように、また楽しんでもらうために、日夜美しい芸能を奉納する。神々は美しいものが好きだと考えられ、寺院は飾りつけられ、村人も普段より一段と着飾ったハレの姿で参拝する。
沿道には、屋台店や露天が並び、祭礼の雰囲気を盛り上げている。
女性たちは、お供えを頭にのせて寺院に向かう。鮮やかな彩りの餅菓子やフルーツを円筒形に積み上げて作られたガボガンと呼ばれる塔のようなお供えは、大きなものは 高さ1.5メートルほどに及び、重さも30キロを超える。供物は寺院に安置し神々に捧げたあと、僧侶から聖水をかけてもらい、家に持ち帰る。持ち帰った供物は、お下がりとして家族がいただく。神様からのお裾分けをいただいて、今年1年を安全に暮らせるようにお祈りする。そして再び210日後のオダランに備えるのだ。
わたし織田蘭丸が、もっともバリらしさを感じるのが、このオダランである。もし貴方に、オダランを見学する機会があったら、是非参加してみてください。きっと感動すること請け合いです。オ〜ム。