連載:ウブド奇聞

 これは、世間にあまり知れていない、ウブドにかかわる人々の可笑しくもあり悲しくもある変わった話の数々を綴ったものです。


その十・前世はバリ人だった


 1992年11月。
 スコールが、道を川と変えていた。
 〈バケツをひっくり返したようだ〉と例えられる雨は、先ほどまでのスコールのことを言うのだろう。道端には、流されてきた椰子殻やゴミとなったお供え物が、行き場を求めて、右往左往している。
 今はもう、強い陽射しが照りつけている。そろそろ雨期に入るだろうか。雨期はいつも、いつのまにかやって来る。
 ここは、ウブドの村はずれにある居酒屋。
 私はそこの主人。
 店の小さな庭には、バリ島の形を模した小さな池がある。池には、バリ南部のリゾート地・クタあたりに小さな橋が架かっている。私は、庭が見渡せる座敷から池を眺めるのが好きだ。
 店頭の道端にあるゴミを掃き清めているワヤンに、見るからにうさんくさい風貌の男が話しかけている。バリ人にしては親しみの感じない、どことなく横柄な態度に見える男だ。ワヤンの店の中を覗き込む眼に、少し戸惑いの色が見える。しばらくしてワヤンは、男を店の内へと招いた。
 ワヤンは私の前に立つと「ウブドの警察署からの使いだそうです。日本人の男性を保護しているが、何を言っているのかわからないのですぐ来てくれと言っています」
 ウブドの警察は、日本人はみんな知り合いだと思っているよう節がある。とにかく、何かあると私のところに連絡が入る。今回は呼び出しだ。
 ウブドの警察とは、あまり関わりたくない。奴らは、長期滞在者を見ると「仕事をしているだろう」と脅かしていくらかの小遣い銭をせびろうと考えている。そんなところへ、ノコノコと出かけていくのは賢い者のすることではない。できることなら顔を出したくない場所だ。
 しかし、困っている日本人がいれば手助けをするのが、先輩滞在者として勤めだろうとも考えている。人助けだと思って出向くことにした。
 通された署長室には、一目で署長だとわかる、いかにも狡そうな顔の男が椅子にふんぞり返っていた。その横に、浅黒い小太りの警察官が立っている。この警察官はよく知っている。こいつには、私が就業ビザの申請中に、就業しているという密告が日本人からあったということで、かなりの金を巻き上げられた。署長は数年ごとに変わり、こいつはそのたびに署長にゴマをするために外国人をいじめては金を巻き上げ、献上しているハイエナ野郎だ。
 「この男、知ってるか」
 署長は挨拶もなしに、いきなり前の椅子に肩を落として坐っている青年を指さして聞いた。
 青年の背中が私の方に振り返った。20代の日本人青年だった。私は、その小柄で童顔の青年を知っているような気がした。昨夜、ワヤンから聞いていた男だと直感したのだ。
 ワヤンの話は、こうだ。
 きのうの夕方、店にひとりの男が来店した。
 男は、ひとりごとをつぶやきながら、座敷を行ったり来たりしている。時々、何かを確認するかのように、人差し指をオーケストラの指揮者のようにしきりと振る。
 「私は、この座敷で彼と会ったんだ。そうだ、私は掛け軸の前に座っていた。掛け軸には、書道でBALIと書かれてあった」
 男は座敷に坐ると「彼は、私の右横で壁にもたれていた。そうだ、そうだ」と、ひとり納得する。
 ワヤンは、そんな内容にみえたと、ジェスチャーを交えて、その時の説明をしてくれた。ワヤンの描写が旨いからか、私にはその時の情景が鮮明に浮かび、男の風貌まで想像できるようになっていた。
 「へ〜、妙な客だったね。でもお金は払っていったし、何もなかったのだろう。時には、風変わりな客も来るもんだ」  その時は、そんな会話で終わった。
 今、眼の前で椅子に坐ってうなだれている青年は、ワヤンが「挙動不審だった」と教えてくれた、きのうの青年に間違いないだろう。
 「一度、私の店にきたことのある人物です」
 私は、事務的に答えた。
 「昨夜、ワルンで酔っぱらって暴れたので保護した。手に切り傷をしているが、昨夜のことはまったく覚えていないようだ。彼は、パスポートもお金も友人に預けて持っていないと言っている」
 横からハイエナ野郎が口を挟んだ。お金を持っていなくて幸いだった。持っていたら、このハイエナ野郎に何かと因縁をつけられて巻き上げられていたかもしれない。
 青年は、救いを求めるような眼で私を見つめている。署長室の取調室のようなムードが嫌で、私は早くこの部屋を出たい気分になっていた。早急に役目を終えて帰ろう。私はスチール椅子を引いて、青年の横に座り、青年に質問した。
 「どうして大事な物を他人に預けたのですか?」
 青年は、日本語が話せることに安心したのか、早口で話し始めた。
 「夢の中で、500年前の僕の前世を見たんです。それがバリだった。前世で世話になった人物の魂が現在バリに住んでいる人物に乗り移っているのを知ったんです。僕は、その人物にお礼がしたくてバリに来ました」
 500年前と言えば、マジャパイト王朝のガジャ・マダ将軍に率いられた軍勢によってバリが征服された頃だ。それまで400年近く続いたバリの王朝が滅び、バリ文化のジャワ化がはじまった時期だ。
 青年は話をつづけた。
 「バリに着くと、自然と足の向く方角へと旅を進めていった。到着したところがウブドだった。たどり着いたバンガローは、チャンプアンを過ぎたところにあった。すでに来たことのある感触だった。デジャブというよりもっと鮮明に記憶していた。そして、僕は世話になった人物に巡り会った。そこで働いている人物が前世に世話になった人物だったのです」
 前世が存在するかどうかをと問われれば、私は存在した方が楽しいだろうと答えるタイプだ。しかし、自分の前世が見えてしまうというのも、やっかいなものかもしれないと考えている。「袖ふり合うも他生の縁」と言う。人は偶然に会うということはなく、必然的に会う。必然的に会うのは「他生の縁」で、前世で関わったことがある人か、来生で関わることがある人だ。日本には、前世、来世を信じるところが昔からあったようだ。
 青年は、その人物にお礼をしなくてはと、その人物を全面的に信用し、パスポートも持ってきたお金も全部預けたと言う。この理由は、私にはよく理解できなかった。
 青年の前世の話を署長にしても、理解してくれないだろう。ヘタすれば頭が変な男と思われるのオチだ。私は、青年が喧嘩したことを覚えていないことと、宿の位置を説明するだけにとどめた。
 「とにかくお前は、この男を責任持って宿まで連れ帰ってくれ」
 署長は、こんな奴に関わりたくないという顔で、そうに言った。
 私は、一瞬耳を疑った。どうして私が赤の他人の、それも見たところ常人ではないと思われる人物の面倒をみなくてはいけないのだ。この場で、青年を釈放するだけでいいのではないのか。
 困った私は、デンパサールの日本領事館駐在員事務所へ電話で問い合わせた。領事館では「こちらでは、事件を起こしてからでないと保護できません」という返事だった。事件があってからでは遅いから電話しているのだ。腑に落ちない返事だが、それが領事館の決まりではしかたがあるまい。私は素直に引き下がった。
 以前プリアタン村で、精神を患った日本人ツーリストがいた。見るからに危険な人物と判断した長期滞在の日本人が、保護してくれと領事館に頼んだ。しかし、やはりこの時も領事館では、事件を起こしてからでないと保護できないとの返事だった。そうして事件は2日後に起こった。彼は自殺したのだ。
 署長の早く連れて行ってくれと言わんばかりの、癇に障る態度にむかつきながら、私は青年を連れて警察署を出た。
 バイクのうしろ座席に青年を乗せた。無免許で警察署を出入りするのは度胸がいる。おまけに青年はヘルメットをかぶっていない。
 まずは、彼の泊まっていたと思われるバンガローを探すことだ。
 宿が見つからなかったらどうしよう。そうしたら今夜は、青年を私の部屋に泊めることになるのか。精神状態が正常とは思えない男性と、同じ部屋に寝るのは気分の良いものではない。そんなことを考えて、私は不安になってきた。
 「このあたりのバンガローに泊まっています」
 チャンプアン橋を越えたあたりから記憶があるようだ。宿が見つかるかも知れないという望みが、私の心を少し落ち着かせ、バイクをゆっくり走らせた。
 道端に立っているバリ人がいる。青年は彼を見つけて「ここです」と私の肩を叩いた。バンガローのスタッフが、昨夜から帰っていない彼を心配して待っていたのだ。
 ここはサンギンガン村だ。こんな辺鄙なところのバンガローを探すのは、ガイド・ブックにでも載っていない限り難しいだろう。それを迷いもなく見つけたところに、神懸かり的なことが起こっているとしか思えない。
 青年は、このスタッフが世話になった人物だと紹介した。
 「前世で青年を世話したと言われてもね。信じらない話です」と、そのスタッフ君は困惑気味に言う。
 「青年の話では、なんでも三代前の前世で私に世話になったのだそうです。青年は兵隊で怪我をしていた。それを助けたのが、その時農夫だった私だと言うのです」
 世話になった人物は、命の恩人だったのだ。恩人だと言われるスタッフ君の顔は、悪いことの出来そうもない優しい顔をしていた。
 「パスポートもお金も、あなたが預かっている方が安全かもしてない」と、私は無責任な意見を述べた。
 「あの人は、毎日深夜2時頃になると夢遊病者のようにバンガローを出ていってしまう。アラックを飲んで、酔うと喧嘩をするようです。ボカボカに殴られて帰ってきたこともあります。しかし、まったく覚えていないようなのです」
 恩人のスタッフ君の隣で、青年はすまなそうに頭を掻いている。
 「早く日本に帰った方がいいですよ」
 私は、青年にそう言い残して、その場を離れた。
 一刻も早く、この役目を降りたかったのだ。だから、その後の消息はわからないままだ。



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